キリスト教あれこれ(7)

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アーメン(然り)

キリスト教の礼拝で祈ったり、讃美歌を歌った後で必ず「アーメン」と会衆一同で唱和します。この言葉は元来ヘブライ語の「アーメーン」に由来し、その意味は「然り」「まことに」「確かに」「その通り」「その通りになりますように」ということで極めて積極的意味に使われています。
 この語は初めユダヤ人の会堂(礼拝所)で慣用語であったものをキリスト教会もそのまま受け継いで礼拝用語として使われるようになったようです。ギリシャ語では「アーメン」と発音しますが、ギリシャ正教会に代表される正教会では「アミン」と唱えています。
 旧約聖書で使用される「アーメン」の用法には大別して3つのものがあるように思われます。
 ①この語が初めに唱えられる場合は、前人の語った言葉に同感の意を表します。
 ②単独に語られた場合は、真実を誓います。
 ③言葉が終わった後に使われる場合は、礼拝用語として祈りの終わりを示しています。
さらに新約聖書では次のことが特筆すべきとして挙げられます。それはイエス・キリストが「私はあなたたちに言う」で始まる極めて重要な宣言文の冒頭に「アーメン」という言葉を置いていることです。新共同訳聖書ではこの言葉を「はっきり」と訳しています。特にヨハネ福音書の著者は「あなた方に言う」という宣言文の冒頭でこの語を「アーメン、アーメン」と二度も繰り返して使用しています。新共同訳聖書はこちらも「はっきり」と訳しています。この用法はイエス自身の言語創造と思われますが、そう語ることによってあたかも聞こえざる神意に同意しているかのようであり、イエスは聴者へのインパクトを考慮してこのような効果のある語法を創造したものと思われます。
 大伝道者パウロもその手紙の中で賛美している部分の終わりに「アーメン」と書き加えています。また、ヨハネ黙示録には「アーメンである方、誠実で真実な証人、神に創造された万物の源である方」(ヨハネの黙示録3:14)と記されており、これらの語はみなイエスの名として用いられており、キリストを指していることは明らかです。キリストにおいて、神の救いの約束が成就した、すなわち「確かに」(アーメン)なったことをここでは意味しているのです。
 教会で人々が「アーメン」と言う時、そのことばの背景にはこのような意があるのです。

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