聖書の周辺世界を旅する(12)

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絨毯織り

 カッパドキアの絨毯織りはこの地方の大切な家内工業である。カイセリとその近郊の村々には大きな作業所があり、ほとんどの家で中型の機械を持ってこの仕事に関わっている。夏は涼しいべランダで、冬は家の中でせっせと織っている。高級な絹や民族調豊かな純毛の絨毯はこの地方の村々で織られたものである。絨毯を裏返してそこにラティック、タシュピナル、ヤヒヤル、クルシェヒル、ムジュル、アヴジュラル、ブンヤンなどと書かれているのは皆この地方の村々の名で、絨毯の生産地を記している。絨毯織りの歴史はかなり古い。あのマルコポーロもこの地方を通った時の記録を次のように記している。
「・・彼らは世界でも殊に美しい上等な絨毯を織る。赤やその他美しく豪華な絹織物やその他さまざまな織物もある・ ・。」
                                              (東方見聞録)
約700年前の記録であるが今も当時とあまり変わらない。

 トルコ民族が遊牧民であった頃から最も重要な家財道具として用いられたのは絨毯とキリムと呼ばれている平織りの布であった。前者はテント生活で使う敷物であり、後者は間仕切りやロバやラクダの背につける袋として使われた。現在の絨毯は1平方cmに300~ 500もの結び目が詰まっている。キリムには縦糸に綿を用い、絹や純毛を横糸に織る。手織りは機械織りに比べ強度で優る。従って機械織りはナイロンなどを混ぜて強度を出すことになる。キリムのべイシック・デザインは花、羊の角のモチーフや櫛のモチーフ、それに日時計、目のイメージ、幸福のモチーフ、恋人の喧嘩などというモチーフがあっておもしろい。S字を横にしたデザインもある。Sはトルコ語の永遠を表わすところから好んで用いられるらしい。

 絨毯ともキリムとも織り方が違う織物にスマックと呼ばれている物がある。デザインは大抵の場合動物柄であって、その柄が細かければ細かいほど上質とされている。キリムもスマックも絨毯も草木染が最高である。それは科学染料に比べて長期間退色しないからである。

さて、トルコ絨毯やキリム(平織の布)で表面がテカテカと光沢のあるものは大抵化学染料で染めたものである。もっとも化学染料を使っていても絨毯や布の表面をアセトンなどの薬品で洗うと草木染に似た風合が出せるという。プロの商人はそれをすぐ見破るが素人には見破り方を教わっても中々難しい。ただ絨毯や布の表裏が同じ色合であるか、表面に濃淡があるのはまず草木染と思って良い。化学染料を使用すると天然染料を使った場合と異なり染色が均一になるからである。

キリムに使われる天然染料の豊かさには驚かされる。通訳のフィリヤさんを通して村人に尋ねてみるとざっと次の様なものを染料として用いているということである。
 赤色 : サクランボの皮、ケシの花、ザクロの皮、アカネの根、エンジ虫
 青色 : 鉱物、なす
 黄色 : サフラン、玉ねぎの皮、レモンの皮
 黒色 : 酸化鉄、火山泥
 緑色 : 酸化銅、木の葉
 茶色 : 紅茶、クルミの殻、タバコ、ある種の泥
 桃色 : 野ばらの根、橙色:草の根、プラムの木の皮
といった具合である。

 絨毯やキリムは高価である。良いしかも信用のおける店では値引交渉でも一割引がやっとである。あまりにも現実離れした価格(例えばシルク 100%で300 ~ 500ドルなどと言って売っている) のものはまず間違いなく品質にウソがあると思うべきである。また、アンティークものは目が飛び出る程高い。アンティークとは言ってもほとんどが 20 ~ 30年前のものである。時には120年前のものとか150年前のものが売られている。筆者は 180年前のキリムを見せてもらったが、良く使い込んであり、所々こすれた跡や折目があったが良く手入れされており、100%ウールの草木染でしかも手織りであった。こうなると一旅行者の資金では到底無理。ただただ目の保養をさせてもらうことになる。もっとすごいのはこの町に14世紀前半に建てられたウルジャーミ (大モスク)の床に敷かれた手織り絨毯である。実に素晴らしい。

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